北アルプスの隆起と侵食によって形成された日本一深いV字形の大峡谷で、両岸の深緑と断崖絶壁の様相は世界に誇る優美な自然景観である。立山、剱岳と後立山の山頂から「十字峡」や奥鐘山までを含み、藩政時代には黒部奥山廻役の監視下で森林の保護が図られた。
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HERITAGES
山と水を活かす遺産
北アルプスの隆起と侵食によって形成された日本一深いV字形の大峡谷で、両岸の深緑と断崖絶壁の様相は世界に誇る優美な自然景観である。立山、剱岳と後立山の山頂から「十字峡」や奥鐘山までを含み、藩政時代には黒部奥山廻役の監視下で森林の保護が図られた。
薬師岳の東側の稜線に沿って4箇所の圏谷が並ぶ。氷河期の2万年前に形成されたもので、大きなもので南北400m、深さ200m程の大きさを誇る。
旧県営電気事業の施設として大正13年に建設された発電所で、上流の松ノ木発電所から落差66.9mで3基の水車で発電する。鉄筋コンクリート造平屋建の建造物である。
旧県営電気事業の施設として大正13年に建設された発電所で、上流の中地山発電所から引水して2基の水車で発電する。鉄筋コンクリート造平屋一部2階建で、内部屋根構造は下弦材をアーチ状とした鉄骨トラスで切妻状の屋根を構成する。
旧県営電気事業の施設として大正13年に建設された発電所で、原貯水池から引水して1基の水車で発電する。切妻屋根の鉄筋コンクリート造平屋建の建造物である。
昭和11年に建設された鉄筋コンクリート造の発電所である。外観正面は柱の縦線と三段の窓ラインの横線で構成され、屋根には大きな庇が据え付けられた国際建築様式の建物で、個性的な発電所として知られる。日本の代表的建築家であった山口文象の設計で、幾何学的な外観構図が峡谷美に融合し、デザイン的に優れた歴史的建造物である。
黒部川を横断して発電所に進入する長さ約75mの鉄道橋で昭和9年に建設された。近代日本では2例しかないフィーレンディール橋のひとつで、水平美が強調された発電所とのバランスが見事な歴史的構造物である。
昭和15年に建設された鉄筋コンクリート造の発電所である。外観正面は柱をピラスター状にして垂直性を強調し、陸屋根にはわずかに庇を突出させる。急峻な河川の断崖地形を上手く活用し、デザイン的に工夫のみられる建造物である。高熱地帯や泡雪崩を克服し建設された歴史的な建物としても価値がある。
日本の代表的建築家・山口文象の設計による昭和11年竣工の重力式コンクリートダムである。越流部からエプロンにかけての流水曲面と前すぼまりの導流壁曲線や二条の流雪路と一条の取水口排砂路を円弧のデザインでまとめるなど、厳しい自然条件を「用」と「強」だけでなく、「美」にまで昇華しながらまとめあげられた特徴的で見どころの多い歴史的構造物である。付随する沈砂池のデザインにも造形的な見どころが多い。
昭和15年に建設された重力式コンクリートダムで、デザイン的には小屋平ダムを一回り小さくしたダムである。前すぼまりの導流壁曲線は、水流の減勢効果も意図されており、小屋平ダムと同様に技術的・造形的に優れたダムである。
大正9年、黒部川第三発電所の建設資材運搬のために設けられた歩道で、欅平と仙人谷間の約13kmを結ぶ。黒部川左岸の標高約1,000mの絶壁に、幅約70cmでコの字状に設けられた歴史的な歩道である。
黒部ダムと黒部第四発電所の建設を目的とした調査のために、黒部峡谷の絶壁に設けられた幅50cm程の歩道。大正14年から昭和4年にかけて、仙人平から黒部ダムまでの16.6kmが整備された歴史的な歩道である。
電源開発の資材運搬用軌道として、昭和12年(大正14年に着手)に建設された鉄道である。国内では数少ない762mmの特殊軌道(ナローゲージ)が用いられ、宇奈月と欅平間の20.1kmを走る。歴史的・技術的に優れた軌道である。